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2009 年 7 月投稿文
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[散歩] 視点
[大広] 第1076号 日頃3
[大広] 第1075号 日頃2
[大広] 第1074号 日頃
[大広] 第1073号 鬼2
[大広] 第1072号 鬼
[大広] 第1071号 俗世
[大広] 第1070号 目標2
[大広] 第1069号 目標
[大広] 第1068号 厭世
[大広] 第1067号 術後
[大広] 第1066号 日日
[大広] 第1065号 日々2
[大広] 第1064号 日々
[散歩] 教え子通信 旭川
[散歩] 教え子通信 横浜
[大広] 第1063号 いつか
[大広] 第1062号 手紙
[大広] 第1061号 掃除2
[大広] 第1060号 掃除
[大広] 第1059号 予約2
[大広] 第1058号 予約
[大広] 第1057号 竹林
[大広] 第1056号 葉言
[大広] 第1055号 未知と無知
[大広] 第1054号 TV
[大広] 第1053号 死
[大広] 第1052号 歩く
[大広] 第1051号 浮達磨
[散歩] 視点
日常の施術活動で感じる事があります。有縁の多くの人との関係は良好な状況ですが、一部の人がそれと違った関係を形成する事があります。予約時間を守らない、忘れるを繰り返しながら修正方向が見えないなどがあります。相互の信頼関係だけの視点ではなく広く考えると施術者の負担になります。
真摯な施術者であればそれだけ負担が大きく重いものです。「一言」の影響も同様なものがあります。良好な社会にそれぞれの立場で広い視点を意識した行為が必要です。総ては自己に還るものです。
2009-07-31 (Fri) by 桃仁一仙
[大広] 第1076号 日頃3
日頃、思うことの一つに「幸運に恵まれたい」があります。結果、他者の「幸運を奪う」内容も含んでしまいます。
そうした時、いい加減で自分勝手な言訳を考え出して自分の心を騙そうとすれば、自我の欲になります。言訳をせず、「幸運」を願う、その簡素が善いとおもいます。成長する自我の一面でしょう。
(撮影 2009-2-13)
2009-07-31 (Fri) by 桃仁一仙
[大広] 第1075号 日頃2
外から見ると奇蹟に思えるような困難事を成遂げることは、いろいろな人に可能です。幸運を得る事も其の中に入ります。
日常の生活で何気ない言動に小さな気遣いをするだけで、大きな幸運に恵まれるかもしれません。自己を磨く、鍛えることは此の世に生まれた目的の一つと考える事にしています。今、出来ることはより効果的な施術の普遍化と工夫とです。
(撮影 2009-2-12)
2009-07-29 (Wed) by 桃仁一仙
[大広] 第1074号 日頃
奇蹟がおきて、何事か成就する。それとも望みが叶う。その様な事を期待する。その心のあり様は不健全であると思います。
何事かの成就にはその背景があり、それは其の人の行為が深く関わるものです。難しいことであっても成就する可能性はあります。可能性の拡大は当人の精進です。自己以外に頼るものではありません。自我から神仏をも内包する自己へ、観の転換を忘れないよう日々の想いを振向けます。
(撮影 2009-2-12)
2009-07-28 (Tue) by 桃仁一仙
[大広] 第1073号 鬼2
筆者は「鬼」の生き方を苦と一緒に楽しむ事にしています。それでも他を否定するのが目的ではありません。簡単に妥協しない意地を持つ事です。
自己身体の感覚と「気」と「丹田」の考え方の帰結として「腹底ヤジロベェ呼吸術」を工夫しました。当然のごとく、それと似た呼吸法が既に存在しているでしょうが、異なる点は「丹田」解釈とその応用としての呼吸術であることです。表面的な類似の比較では「丹田」の理解も術を得ることもできません。その言い方が妥協しない鬼なのでしょうね。「気の出る指圧」の根幹です。そして筆者なりの優しさと信じています。
(撮影 2009-2-12)
桃仁一仙指圧塾 考え方と術の構成
http://www.ki-shiatsu.com/compo/compo.html
「ひょうたん呼吸術」掲載しています。
2009-07-27 (Mon) by 桃仁一仙
[大広] 第1072号 鬼
鬼の悲しみは修羅に似ています。故なく虐げられ、耐え切れぬほどの重を受けます。人であるはずが人でない扱いも受けます。それには理由があります。
鬼は、目先のそして表面的で小さな差異を理由に互いに争う性を持つ故に、鬼でいる事になります。白紙で臨むべき新しい考え方や施術方法に肯定的になり得ないなどが、鬼の行為です。必要なのは自己防衛でなく自己否定です。そして次元が揚る考え方で鬼を越えます。
(撮影 2009-2-12)
2009-07-26 (Sun) by 桃仁一仙
[大広] 第1071号 俗世
いま生きる世界は俗世と言うところです。様々な欲が蠢くところです。悲観的になる現象が身の回り以外にも多くあります。
竹林の生活に憧れは持っても俗世に背を向けては「峠の茶店」が成立しません。それでも小さな灯りくらいの望みはあります。不信の信と信の不信、そして、その狭間に見える山の頂と雲と風、景色が美しいと観じます。
(撮影 2009-2-12)
2009-07-25 (Sat) by 桃仁一仙
[大広] 第1070号 目標2
人生の目標はと考えた事があります。若さの時は名誉や財産であったような記憶があります。深刻な願望のことは別にしてです。
年金も受給数年が経過した年齢になるといろいろな欲求が増えてきます。それらを押退けて日々の目標として存在するのは施術の探求です。より普遍的な方法を工夫します。社会貢献などと大げさな気持ちでもないのですが「気の出る指圧」がより良い社会に役立つと良いなと思います。
(撮影 2009-2-12)
2009-07-24 (Fri) by 桃仁一仙
[大広] 第1069号 目標
新たな目標があります。一日の散歩で三万歩くらい歩きたいと思っています。散歩のコースも問題になります。美味しい蕎麦、珈琲の店があるといいな。
早く良い気候にならないかな、体調をととのえておかなければと思っています。体脂肪もゆっくりですが減少傾向を維持しています。
(撮影 2009-7-17)
2009-07-22 (Wed) by 桃仁一仙
[大広] 第1068号 厭世
厭世観は生得のようです。そのお蔭でしょうか、路傍の小さな花にも感動する事があります。生きる情熱より生きている業を背負っています。
雲の流れ、風のそよぎ、木々の緑などが茶屋のように心休まります。人の欲、見栄、虚言や妄言は寂しさを造ります。自己の中にそんな欲や見栄などが生れないようにしたいものです。
(撮影 2009-2-11)
2009-07-21 (Tue) by 桃仁一仙
[大広] 第1067号 術後
その時々の体調や他の条件で指圧の後に様々な反応があります。さて、季節の移行期は生体内で陽気変動に合わせた変化があります。
暑さに向うこの頃、時には術後に下痢などで水分が放出されます。生命維持に必要な水分でもその在りかたによって「水毒」にもなります。冷房、冷蔵庫など生活便利が持つ一面です。そのような時、温かい味噌汁で「腹」をあたためると良いと古伝養生書に説かれています。
(撮影 2009-2-11)
2009-07-20 (Mon) by 桃仁一仙
[大広] 第1066号 日日
日日(にちにち)と読むのでしょう。日々(ひび)とは違った意味がありそうです。専門的なことは別にして、感覚的に、前者は一日一日を積重ねるようです、後者は一日が流れていく様を言っているようです。
自分の今日一日は如何なのか、就寝前に考えます。それで、まぁ良いとしようかと結論します。明日の課題が増える事になりますが、明日はまた明日の事、同じ様に、まぁ良いかの一日になるでしょう。
(撮影 2009-2-9)
2009-07-19 (Sun) by 桃仁一仙
[大広] 第1065号 日々2
近頃、後継者が工夫した頚部調整施術を受けました。術後は頚部が軽くなって良かったのですが、その後に変調がありました。
変調は軽度で問題するほどでは無かったのですが、それで良しとするわけにはいきません。それからが大切な内容検証です。術前と術後の対応、術の程度、適応範囲など等を検討して更なる進化と発展を得る事ができました。身体の広い範囲に効果を持つ指圧施術法が出来ました。
(撮影 2009-2-9)
2009-07-18 (Sat) by 桃仁一仙
[大広] 第1064号 日々
TV画面は楽しくない事が多くなりました。一つの出来事について画面の中の人物が不適切な事を言ったりします。他者の発言に自分の感覚を加えた言葉になっています。
それは良くないことです。他者の発言に誤解を生じさせる行為で人権問題になりかねません。さして深いことでもありませんがクイズの問題と解答に間違いがあっても修正されない事があります。日々、その様な経験をしていると感覚が麻痺するかもしれません。それが恐怖です。
(撮影 2009-2-9)
2009-07-17 (Fri) by 桃仁一仙
[散歩] 教え子通信 旭川
北の大地に希望があります。一人の教え子がいます。「手と口と心の手抜きをするな」を念頭に施術をするよう心がけているとのこと。新鮮な感動を受けました。
当方も同じく、日々、手抜きをしない心がけの施術であると思っていますが、どうやら教え子に一本取られたかもしれません。気付かない油断や気持ちの緩みを指摘されたように感じました。そして嬉しい、幸せな気分になれました。
(撮影 2009-2-19)
旭川市末広2条
施術院ありた
http://www6.ocn.ne.jp/~kyusen/
2009-07-16 (Thu) by 桃仁一仙
[散歩] 教え子通信 横浜
「気の出る指圧」も参考にしながら自分なりの治療方法を確立し、横浜で活動している教え子がいます。この桃仁一仙を「師匠」と言ってくれています。
今年の治療学会で施術成果や方法について発表するなど活躍しています。桃仁の施術画像を学会発表時のスライドに使用したとのこと。教え子がまた成長しています。「気の出る指圧」に関して別な視点を発見して行く日々の励みにしたいな。
(撮影 2009-2-19)
横浜市旭区二俣川
あかり堂
http://www.akari-do.com/
2009-07-15 (Wed) by 桃仁一仙
[大広] 第1063号 いつか
いつの日か、と何事かを成就させたいと念願を持つ人もいると思います。筆者もある念願を抱いています。自分が施術において有名になる事よりも、もっと大切な事です。
西洋医学を基礎とする現代医学と伝承東洋医術とが発展的協力関係に成ると良いなと思っています。その為には、伝承東洋医術にも多くの問題があると感じています。「昔から」を言い訳にするのではなく今の時代における批判に耐える論理展開があってほしいなと思います。
(撮影 2009-2-9)
2009-07-15 (Wed) by 桃仁一仙
[大広] 第1062号 手紙
書信、葉書が届くと心ときめきます。広告ものはガッカリします。長く不通であった嘗ての知人からのものは懐かしさともう一つ何かを感じることがあります。
共に学び、時間を共有した知人でも怪しげな何とか商法の勧誘をうけたことがあります。今の生きる道は多くの有縁の人から支えを受けています。それだけ責務が生じています。手紙で運ばれる悲と喜を感じています。
(撮影 2009-2-9)
2009-07-14 (Tue) by 桃仁一仙
[大広] 第1061号 掃除2
苦手な掃除も始めると一所懸命になります。後継者と二人でガス台の黒く焦げ付いた汚れに挑戦しました。洗剤湿布の後で新しく購入したスチール束子で擦ります。時間がかかりましたがすっかり綺麗になりました。ガスの口火穴はドリルを使って汚れを落します。
掃除には適切な道具と根気とヤル気が必要です。日々の施術が習慣的になるのは疲れにくいかもしれませんが同じことの繰り返しで心が傷むことになりそうです。工夫と発展と考えることを続け、施術は何時もピカピカにしたいと決めています。
(撮影 2009-2-9)
2009-07-13 (Mon) by 桃仁一仙
[大広] 第1060号 掃除
苦手の一つに掃除があります。部屋の掃除やエアコンの掃除、窓拭きや棚の埃とり等など考えるだけでも憂鬱です。
施術と待合室は何とか毎日の掃除をしていますが自室は見るも無残な状態です。時に、缶入りエアーで棚や障子の埃を吹飛ばしてから床掃除をします。時間がかかります。何とか生きるために此れからも苦手な掃除をしていくことになります。
(撮影 2009-2-6)
2009-07-12 (Sun) by 桃仁一仙
[大広] 第1059号 予約2
予約に従って施術を行います。それでも夫々の理由で変更や取消しがあります。忙しい日々を送る人に多く発生します。
出来る限りの対応をしていますが、辛い症状軽減につれ、変更や取消しの頻度が高くなるひともいます。其処からが深施術の始まりです。施術は疲労回復と共に、変化の兆(きざし)を判定し対応します。「未病を治す」と云われることの内容です。
(撮影 2009-2-5)
2009-07-11 (Sat) by 桃仁一仙
[大広] 第1058号 予約
施術は予約に従って行っています。様々な理由で変更や取消しも時にはありますが、殆どの場合は予約どおりの時間割で進みます。
さて、その中で幾らか工夫を必要とする人がいます。多忙な方で地方出張も多く、その帰りに予約時間を設定する場合があります。さて、工夫とは、なるべく、時間枠に余裕を持つ事です。日々を多忙の中で過したくない理由の一つにもなっています。
(撮影 2009-2-5)
2009-07-10 (Fri) by 桃仁一仙
[大広] 第1057号 竹林
散歩で出会う竹林は様々です。徒歩で一時間くらいの禅寺の庭は奇警ではありませんが鋭さと優しさとが混在しています。
別な場所の竹林(たけばやし)は不気味さも在ったりします。色んな竹林に出会うのも散歩の楽しみです。
(撮影 2009-2-5)
2009-07-08 (Wed) by 桃仁一仙
[大広] 第1056号 葉言
好きな散歩道があります。そこへ行くと大きく姿の良い木が居ます。近くのベンチに腰掛けると気持ちが和みます。
沢山の葉が風に揺れて音を立てます。木々の話のようです。遠い生命の記憶なのでしょうか心が安らぎを感じ、ゆっくりした時の流れに身体が浮ぶようです。人それぞれの感性がいろいろなことを心と身体に映すのでしょう。
(撮影 2009-2-5)
2009-07-07 (Tue) by 桃仁一仙
[大広] 第1055号 未知と無知
未知なことは沢山あります。機会があっても知ることを失った無知ではありません。無知であることに自覚を持つのは難しいようです。
未知であることに自覚が発生できる要素はあります。未知なことに遭遇すると「知らなかった」と感じる事が出来ます。無自覚の「無知」では否定か変質して辻褄合わせをします。「進め進め未知の道」と心励まし、日々歩きます。それで枠に拘らない施術の工夫も可能になります。
(撮影 2009-2-5)
2009-07-06 (Mon) by 桃仁一仙
[大広] 第1054号 TV
近頃はTVを眺めても楽しいと感じる事が少なくなりました。人生の貴重な時間を浪費したくないので殆どTVを見ない様にしています。
それでも何気なく見ると癪に障ることがあるのです。専門家らしき人達と司会の人達から発せられる不用意な言葉が少なくないように感じます。多様な考え方の存在している事に対しても一方的価値観を押付けるが如き発言が問題なのです。
(撮影 2009-2-5)
2009-07-05 (Sun) by 桃仁一仙
[大広] 第1053号 死
人は何時かは死ぬようです。まだ経験が無いので確実な事は言えませんが多分そうなのでしょう。しかし昔の炭鉱そして今の漁業など人の死がある産業はどうなのでしょうか。
様々な規制や思惑そして利益のために生命の危険回避が不十分だとしたら悲しすぎることです。規制の見直しは速く早く的確に利益は適切な少なさに動いてほしいと感じています。防ぐ事が出来る筈の誰かの死によって生が支えられるのは不健全です。
(撮影 2009-2-5)
2009-07-04 (Sat) by 桃仁一仙
[大広] 第1052号 歩く
前号「浮達磨」の続きです。「浮ぶがごとく」の立ち方が出来たなら、次は歩いてみます。足音が小さくなります。
つるつるした床を歩いても殆ど滑りやすいと感じることなく歩けるようになっています。足で後に蹴って前に歩くのではありません。前に倒れる動きを元にして歩きます。重力を受けてそれによって前に進みます。施術で身体を傾けても体重を施術部位に載せない安定した押圧が可能になります。日々の散歩も訓練の一つになっています。
(撮影 2009-2-4)
2009-07-03 (Fri) by 桃仁一仙
[大広] 第1051号 浮達磨
テキストの表紙絵や葉書のカットに「浮達磨」を使います。「気の出る指圧」の基本は不要な力みを失くすことですがその状態をよく映しています。
浮ぶがごとく、水面に映る月の影のように重みを持たない状態をつくります。実際、秤に乗れば数値に変わりは無いのですが足裏の体重部分布が違っているようです。母指側または内側を意識する結果の安定分布にします。
(撮影 2009-2-4)
2009-07-01 (Wed) by 桃仁一仙
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