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最新の 10 件
[大広] 第864号 価値基準
人それぞれに様々な価値基準を持つことは問題が無い筈です。ところが自分と違う価値基準を持つ人を否定しようとする行為をする人がいます。
価値基準の共有は可能なのでしょうが押付けや無理強いは不幸といえます。「長幼の序」はその一つです。何故に年長者を敬う必要があるのでしょうか。その論拠が不明です。何故に男性は女性より社会的に上位とされたのでしょうか。理由が分かりません。そんな内容を隠した教育が復活するのでしょうか。嫌ですね。施術において枝葉末節の部位区別はありません。重要部位はその都度で変化しています。
(撮影:2008-6-15)
2008-11-21 (Fri) by 桃仁一仙
[大広] 第863号 深夜
深夜から早朝にかけてがPC時間です。この「大広」もその時間帯に創ります。障子の紙が少し汚れてきたのが気になっています。住宅環境は商業地域に近いのに比較的良好です。
遠い昔は試験勉強をしていた時間帯です。寒い時季になると少し離れた線路を通過する貨物列車の音が聞こえてきました。寒い音でした。今は住宅が多くなってそんな音も聞こえにくくなりました。続いているのは深夜の勉強ということです。如何に普遍性を持つ基盤を構築するかが何かを考える上で最も重要なことです。言葉の「定義」はその有効な方法になります。時計の音が聞こえています。
(撮影:2008-6-15)
2008-11-19 (Wed) by 桃仁一仙
[大広] 第862号 歴史
時が流れ時が積もって歴史が形成されていく筈なのです。しかし、文字に残される歴史は少し違います。隣国の歴史が牛車五台と言われますが同じパターンの繰返しで後世の意図があるのかもしれません。
わが国においても記録されている歴史が全て真実と考えることに無理があります。記録から抹殺されたり貶められたりの意図が作用するものです。歴史のみならず多くの文字情報に思惑が働くと考えるべきでしょう。古典医学書を例外と考えるのは根拠がありません。
(撮影:2008-6-15
2008-11-18 (Tue) by 桃仁一仙
[大広] 第861号 物忘れ
作品名が記憶にあるのに有名な作家の名が思い出せない。そんな事がありました。もっとも好きな作家ではなかったので安心する一面もあります。
それにしてもその作者を一度は思い出しながらすぐに忘れてしまうことが短期間にいくどかありました。この現実をどのように考えようか迷った方が良いのかその必要がないのか不明のまま放棄することにしました。他にも忘れることがありますからね。
(撮影:2008-10-30)
2008-11-17 (Mon) by 桃仁一仙
[大広] 第860号 雪
雪の便りが伝えられる時季になりました。今年は豪雪なのだろうか豊雪なのだろうか気になります。
雪の時は幻想的気分になります。遠い過去のいろいろな出来事の映像が次々と浮んでは流れていくようです。青春の苦さと共に巡り会った人を思い出します。心に温もりと小さな灯火とが生まれ、次は雪の夜寒が現実に戻します。
(撮影:2008-6-12)
2008-11-15 (Sat) by 桃仁一仙
[大広] 号外9-8 思い遣り
親切な指導を解りやすく丁寧にする。と考えるのは間違いです。思い違いと単なる甘えと言えます。そして事実は最も不親切な行為でもあると考えます。
施術教室で最も大切にしている事は対症施術の方法ではありません。基本技術とその背景となる考え方を伝えるところが重要です。誰でも一歩そしてまた一歩の工夫を重ねて前にそして高みへ進むべきです。手を差伸べることは出来ません。自分の力でなければ何もつかむ事が出来ないのです。教えてしまう方がずっと楽なことですが工夫の方向を伝えるくらいが丁度良いあたりです。薄情、不親切それが思い遣りです。
(撮影:2008-6-12)
2008-11-15 (Sat) by 桃仁一仙
[大広] 第859号 湧泉
遠い昔に登山の経験があります。川原で温泉に浸かった楽しい思い出があります。小さな泉に冷たい水が湧き出していたのを思い出します。暑さを救う冷たさでした。
ついこの前も訴える症状に対応した施術をしようとしたのですが、経験している腰痛とは少し感じが異なるようでした。仰向け、一方の手のひらで腹部を押圧、他方の手で膝を曲げた両下肢を持上げ気味に抱え左右にゆっくり静かに動かしました。続いていつもとは異なる施術を幾つか行いよい結果になりました。その場で必要な施術が生れることがあります。それを検証し、工夫し、多くの人が使える方法に翻訳してテキストになります。工夫の泉が何時までも湧き出していると好いなとおもいます。
記)「湧泉」:足裏の経穴(ツボ)。
(撮影:2008-6-12)
2008-11-14 (Fri) by 桃仁一仙
[大広] 第858号 地図
散歩で地図を頼りにします。ところが親子とも地図を読むのが不得意なので、道を間違えては目的地と違う方向へ進んでしまうことが少なくありません。
まぁそのお蔭でいろいろ未知な場所へ迷い込みハラハラと感動と発見があります。近頃では廃線になった跡地に造られた長い緑道を歩きました。散歩の終点で美味しい居酒屋も発見できました。施術に地図はないのが本来です。それではあまりにも薄情なのでテキストに地図を付加しています。やがて地図がなくても歩けるように精進を期待しています。
(撮影:2008-6-12)
2008-11-12 (Wed) by 桃仁一仙
[大広] 第857号 治療技術
高度の治療技術が必要なのかどうかはその時々の状況によります。ある症状の人に施術するとき、対象によって使分けが必要になります。
施術者の性としては自分の出来る範囲でより良い方法を選択します。その結果、受術者の期待以上に短期間で症状改善があります。それからが問題です。その症状の因としての不養生や生活習慣について改善を提案しても受容れられない場合も生れます。近頃も膝関節痛の人でその様な経験をしました。反省すること深いものがあります。施術者に隠事をする人もいます。そんな時は解らない振りをしますが隠している症状に対応した施術もしておきます。全体の中の一部はやはり全体に影響を及ぼすものです。
(撮影:2008-6-12)
2008-11-11 (Tue) by 桃仁一仙
[大広] 第856号 死神考
年齢を重ね生命の終り近くなるとやって来る、そんなイメージがある死神です。昔、ある有名な人は『まだ早い』とか『留守だ』と言って断るなどと洒落ていました。
さて、少し考え方を変えてみたいと思います。人として生れた身は修業を積んで成仏する役目を持つらしい。となれば死神も神の一つならば成仏の一部として人と共に成仏すべきかな。生命の始まりがあれば終わりがあります。死神も生れた時からいつも一緒にいると考えてよいのでしょう。もっと沢山の神々が共に修業する仲間なのかな、そう考えると楽しくなります。
(撮影:2008-6-12)
2008-11-10 (Mon) by 桃仁一仙
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